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ふりだしに戻る

「昭和8年」を起点に、ジャック・フィニイよろしくモダン都市を散策するブログ

昭和8(1933)年

レーモンドの教文館・聖書館ビル

『日本近代建築の父アントニン・レーモンドを知っていますか〜銀座の街並み・祈り』という展示が、いま銀座の老舗書店・教文館でひらかれている。 近藤書店・洋書イエナ、福家書店、旭屋書店……街からどんどん〝活字〟が駆逐されてゆく銀座にあって、いまや教…

桃乳舎のこと

ふと足をとめ、しばし建物を愛でる。道ばたに咲いた可憐な草花を愛でるように、ビルの谷間にひっそりとたたずむ古い建物を愛でるのだ。こんなところにこんな花が! そのちいさな発見は心を弾ませる。 まだあの花は咲いているだろうか、不意に思い出しわざわ…

サーカスがやって来た

宮脇俊三は回想する。昭和9(1934)年、小学二年くらいのときの話だ。 母はサーカスが好きで、かならず見に行き、私も連れて行ってもらった。銀色の海水着のような衣裳をまとったサーカス団の子供が、毬の上で逆立ちなどし、 形が決まったところで「ハーイ」…

60年ぶりの眺望

丸の内、八重洲、大手町、日本橋、京橋、銀座… ぼんやり再開発ラッシュのこの界隈を歩いていると、思わずアッと息を飲むようなことがすくなくない。たいがいは、そこにあるはずの建物がすっかり消え失せてなくなっていることに気づき、驚かされるのだ。とこ…

放送の時代

昭和8(1933)年6月8日の朝は、あちこちの家庭で眠い目をこすりながらラジオにかじりつく人たちの姿が見受けられた。というのも、この日、日本放送協会が戸隠高原から野鳥の声を初めて全国に向け生中継したのである。 去年のオリンピックでは、競技場から実…

茂田井武と久生十蘭

とある冬の日、ぼくは教文館の4階にある喫茶室で文庫本片手にぼんやり暇をつぶしていた。これから「茂田井武展ー記憶の頁ー」と題された展示をみに、ノエビア化粧品の本社ビルまで行くつもりだ。茂田井武がパリに着いたのは昭和5(1930)年のこと。「巴里」…