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「昭和8年」を起点に、ジャック・フィニイよろしくモダン都市を散策するブログ

ハナヤ勘兵衛「ナンデェ!!」

 絵をたくさん観たり音楽をたくさん聴いていると、スキとかキライとかそういうことを超えて、ただただ「なんかこれスゴい」と思わせられるような作品と出会うことがある。そういう絵は、並んだほかの絵よりも一歩手前に飛び出ているように見えるし、そういう音楽は、目盛りひとつ分くらい音が大きく聴こえる。

 「力がある」ーーそういう絵や音楽を、とりあえずぼくはそう呼ぶ。テレビで鑑定家の先生がうれしそうにツボをなでながら「いい仕事してますねぇ~」と言うとき、つまるところそれとこれとは同じ心境なのではないか。手に入れたいとかべつに要らないとかそういうこととは関係なく、「力のある」作品と出会えたことが単純にうれしくてついニタニタしてしまうのだ。

 

 恵比寿の東京都写真美術館ではいま、「『光画』と新興写真 モダニズムの日本」という展覧会が開催されている。

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 「光画」とは、昭和のはじめにわずか2年間だけ発行された写真同人誌のこと。中心人物は野島康三、木村伊兵衛中山岩太の3人だが、さらに関西で熱心に活動していた「浪華写真倶楽部」や「芦屋カメラクラブ」のメンバーらアマチュアの写真家たちも加わって、そこではバウハウス未来派シュールレアリスムなど欧米の芸術運動にも呼応した新たな写真表現の可能性が探られ、競われていたのだった。

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中山岩太「無題」(1932)

 ただ、バウハウスに留学した経験をもつ同時代の建築家で写真家でもあった山脇巖は、「光画」に発表された作品に対しては辛口の評価を下している。いわく、それらは欧米の作家たちの作品の「不完全な模倣」にしかなっていない、と。「醜怪」とまで言っている。たしかに、会場の前半でペーター・ヴェラー、ヘッダ・ヴァルター、ラースロー・モホイ=ナギといった人たちの理知的で周到に計算された写真を眺め、そのまま続けて日本の写真家たちの作品を見ようとするとそこには明らかな落差があることに気づく。ひとことでいえば、とっ散らかっている。その点、山脇の指摘は的確だ。とはいえ、ひとつひとつの作品をみてゆけば、なかにはこちらの目に飛び込んでくるような力強い作品もないわけではない。

 

 雑誌や本で紹介されることの多い野島康三のポートレイトだが、やはり実物のプリントが放つエネルギーは格別だ。肖像写真についていえば、モデル選びのうまさも物を言うのではないか。野島のモデルになる人びとは、みな圧倒的に強い。

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野島康三「女」(1932)

 木村伊兵衛の「紙芝居」(1932)。なにがすごいって、紙芝居に群がっているおおぜいの子供たちのだれひとりとして木村のカメラを気にしている気配がないところだ。文字どおり、「食い入るように」紙芝居を凝視している。この写真をみていると、昭和7年の子供たちにとって「紙芝居」がどのようなものだったかが手に取るように伝わってくる。

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木村伊兵衛「紙芝居」(1932)

 街頭のスナップのはずなのに、まるで書き割りの中に迷い込んでしまったかのような落ちつかない気持ちに観るものをさせる飯田幸次郎の写真。その代表作は「看板風景」(1932)だろうが、ゴミ屑が積まれたリヤカーの荷台で居眠りする少年を撮らえた「・・・(屑車で眠る少年)」(1933)も無機質な石塀に囲まれているせいか、どこか現実離れした印象をあたえる。海を漂う小舟のようにも、不吉な棺桶のようにもみえる。飯田の写真には、見ているそばからぐずぐずとこちらの足場が崩れてゆくような不安がつきまとう。

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飯田幸次郎「・・・」(1933)

 それにしてもなんだろう、この「ナンデェ!!」(1937)と題されたハナヤ勘兵衛の写真の天衣無縫さは。フォトモンタージュによって、いまにも酩酊した男がこちらに向かってきそうな勢いを生み出している。粗野で、泥臭く、それでいてなんともいえないユーモアがある。庶民生活のペーソスとでも言うべき味わいがある。野島や中山の作品にはどこか上手につくられたフランス料理のような気取りがあるが、ハナヤのこの作品にあるのはたっぷりソースの塗られたお好み焼きのようなコテコテの人懐っこさであり押しの強さである。

 理屈なんていらない。路地裏の匂いがプーンと立ち上がってくるようなハナヤ勘兵衛の写真を見ながら、さっきからずっとひとりニヤニヤしている。

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ハナヤ勘兵衛「ナンデェ!!」(1937)