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ふりだしに戻る

「昭和8年」を起点に、ジャック・フィニイよろしくモダン都市を散策するブログ

映画『花婿の寝言』

 他愛のないと言ってしまえばそれまでだが、昭和10(1935)年の人びとはむしろ、こういった「他愛のなさ」をこそ映画に求めていたのかもしれない。娯楽にまで浮世の憂さを持ち込んでたまるものか ー この屈託のないホームドラマの向こうに、映画という「聖域」を守ろうとする当時の映画人たちの〝気概〟が透けてみえるかのようだ。

 

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 映画『花婿の寝言』は昭和10(1935)年に製作されたコメディー映画で、監督は『マダムと女房』の五所平之助、当時「松竹蒲田」が得意としていた〝小市民〟ものである。

 舞台は、まさに開発真っただ中の東京郊外のどこか。野っぱらのあちこちに住宅が点在し、電柱が立ち並び、そのかたわらを走っているのは1両編成のオモチャのような郊外電車だ。主人公は新婚まもない若夫婦で、林長ニ郎(長谷川一夫)演じる夫はパリッと背広を着込み中折れ帽をかぶったサラリーマン。いいとこのお嬢様だった妻(川崎弘子)を溺愛していて、ことあるごとに小型カメラで愛妻のポートレイトを撮るのを趣味にしている。暮らしているのは、ふたりのためにと妻の父親が建ててくれた「白いタンクのある新しい家」。しかも女中つき。大きな「白いタンク」は水道だろうか(側面には「コミネ」とカタカナで苗字が書かれている)。新築の家が並ぶ郊外でもじゅうぶん「目印」になるくらい、まだ貯水タンクを備える家は珍しかったようだ。目の前は空き地で、「◯◯株式会社テニスコート敷地」という看板が立てられている。田園調布の「田園コロシアム」然り、郊外住宅とテニスコートは流行の組み合わせだったのかもしれないなどと考えつつ観る。

 

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 それにしても、いまだってそうなのだから、きっと当時の人びとはこんなおままごとのような暮らしぶりをなかば憧れ、なかば嫉妬の入り混じった感情で見ていたにちがいない。そして、当時の人びとのそういった心持ちを、近所に住む同僚の田村(小林十九二)が代弁する。見たところはおなじようにスーツでパリッと決めた勤め人だが、恐妻家で小遣いにも事欠き、みずから夕飯の買物をしネギを刻む。毎朝繰り広げられる新婚夫婦のアツアツぶりにあてられっぱなし、うんざりしている。

 ところで、郊外を舞台にしたこの時代の映画には、しばしば年齢にかかわらず隣人同士誘い合って仲良く出勤する会社員たちが登場する。実情は、電車の本数も少なくどうせ駅で一緒になるのだから家から一緒に…… といったところなのかもしれないが、なんだか小学生のようでほほえましい。連れションならぬ、連れ通勤、連れキン。現代の東京からは、(おそらく)ほぼ全滅した習慣なのではないか。

 

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 物語は、この美しい新妻の「ヒミツ」を酒屋のご用聞きの少年が知ってしまったところから始まる。夫を会社に送り出した後、彼女は毎日昼寝をするというのである。「それは病気にちがいない」。それを聞きつけたなんとも胡散臭い男、「心霊術」を操るという三宅(斎藤達雄)は断言する。三宅は、最近田村の隣家に越してきたばかり。隣りは何をする人ぞ。こういう得体の知れない隣人との共生というのも、ある意味、かつての下町にはなかった郊外ならではの新しい人間関係のカタチといえそう。さて、なんとか施術して一儲けしたいものと考えた彼は、田村の女房(忍節子)にその「ヒミツ」を漏らし、取り入ってもらおうと懇願する。当然「ヒミツ」は田村の女房から田村へ、そして新郎の耳に入ったところから、夫婦それぞれの親(水島亮太郎、高松栄子)を巻き込んでの離婚騒動にまで発展するのだが……

 

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 いまとなっては、妻の「昼寝」が離縁騒ぎにまでなることがそもそも驚きだし、まあ、そこは「喜劇」、昭和10(1935)年当時だってそれはきっと同じだったろう。そして、やがてその「理由」が明らかになることでハッピーエンドとなるわけだが、その「理由」と、恥ずかしがって「理由」をなかなか明かすことのできない新婦にまた、失笑。かなり滑稽にデフォルメしているとはいえ、新しい習俗と古い慣習とが混在し、ときに滑稽なほどに衝突を起こしていたのが昭和10年のリアルだったのかもしれない。

 

 とにもかくにも、善人だらけの、まったく毒にも薬にもならないこの手の映画はぼくの「大好物」なのだ。