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「昭和8年」を起点に、ジャック・フィニイよろしくモダン都市を散策するブログ

龍膽寺雄『甃路(ペエヴメント)スナップ −夜中から朝まで』を読む 第11回

 いよいよ<最終章>にたどりついた。じっくり腰を据えて読んでゆこう。

 

 宮城の森の上に魂の様に浮かんだ朧な春の満月。

 二時。

 三時。

 四時。

 大都会の闇の夜は、今や魑魅魍魎の世界です。 

 

【休 符】

 おもしろい。どうってことのない短いパートだが、とてもおもしろい。これまで読み進めてきてわかるとおり、昭和5(1930)年の東京が見せる豊かな表情を活写したこの『甃路(ペエヴメント)スナップ』には、これまでネオンライトや高層ビル、自動車やダンスホール、モダンガールといった無数のモダン都市の<アイコン>がクロスワードパズルのように散りばめられてきたが、午前2時…… 3時…… 4時…… 「大都会の闇の夜」をとらえた今回のパートに限っていえばそうした<アイコン>はいっさい登場しない。

 黒々とした皇居の森の深淵。まんまるな春の朧月。そこに拡がるのは、さながら水墨画のような幽玄なる世界である。では、龍膽寺雄はなぜここにこのような<静謐さ>を必要としたのか。その理由は、この後のパートを読むことで明らかになる。ここ大東京を<交響楽>にたとえるならこの先はいわばその終結部(コーダ)であり、その壮麗さをいっそう引き立てるためには静止した淡彩の世界がぜひ必要なのであって、つまりこのパートは次のパートへと切り替わる直前の効果的な<休符>となっているのだ。

 

   朝

   朝

   朝

 黎明(あけがた)は江東の工場町から!

 薔薇色の黎明。澄んだ星空、地を覆うた夜の蒸発気。

 汽笛!

 サイレン!

 細くからむの。高く途切れるの。太くかすれるの。尻上がりに、尻下がりに。近く、遠く、静かに、けたたましく。貧しく、豊かにこれらのことごとく一斉に!

 工場。

 工場。

 工場。

 セメント工場。

 モスリン工場。

 製糸工場。

 ゴム工場。

 ペエント工場。

 ガラス工場。

 鉄工場。

 製材工場。

 電機工場。

 染料工場。

 製薬工場。

 造船工場。

 煙突。

 煙突。

 煙突。

 黒い煙、鳶色の煙、赫(あか)い煙、黄色い煙、灰色の煙、白い煙、牡蠣色の煙、蒼い煙、かげろう色の煙!

 三相交流、柱状変圧器、スイッチ。

 電流計。

 電圧計。

 スタアタア。

 誘導電動機。五馬力、十馬力、十五馬力、二十馬力。ーー

 ベルト!

 フライング・ホイール。プリー。歯車。

 機械。

 鉄と油の力学。近代科学の咆哮。生産!

 

【朝から夜中まで/夜中から朝まで】

 薔薇色の黎明。澄んだ星空、地を覆うた夜の蒸発気。」ーー 澄み渡った明け方の空。静寂。朝もや。つかのまの休息。黒い煙、鳶色の煙、赫(あか)い煙、黄色い煙、灰色の煙、白い煙、牡蠣色の煙、蒼い煙、かげろう色の煙!」ーー 汽笛が、サイレンが、静寂を突き破る。空を覆うのは、朝もやの代わりに極彩色の煙。舞台は東京の周縁部、「江東の工場町」。モダン都市の1日は、こうして爆発的に始動する。

 ところで、この『甃路(ペエブメント)スナップ』に付された<夜中から朝まで>というサブタイトル、これは大正13(1924)年12月に築地小劇場で上演された『朝から夜中まで』という舞台のタイトルを連想させる。

 これは、ドイツ表現主義の作家ゲオルグ・カイザーの戯曲を土方与志の演出のもと上演したもので、村山知義が手がけた舞台装置が話題になった。村山知義といえば、昭和5(1930)年当時なにかにつけ龍膽寺雄ら「新興芸術派」と対立的にとりあげられていた「プロレタリア派」に属する人物ではあるが、そのいっぽうで新興芸術派のひとり吉行エイスケの妻あぐりが経営するモダンな外観の美容室兼住宅を設計するなど彼らがかならずしも反目しあっていたわけでないことは明らかだ。築地小劇場の舞台も、新しもの好きの龍膽寺ならば当然観ていたのではないだろうか。とすれば、このサブタイトルも一種の「シャレ」として、わりと軽い気持ちでそこから借用してきたとかんがえることもできるだろう。『甃路スナップ』を書こうとするとき、当然のように龍膽寺雄のアタマの中には<朝から夜中まで>というフレーズがあったはずだ。とはいえ、どうやらアイデアの源はもう少しべつのところにありそうだ。

 『モダン都市東京 日本の1920年代』の著者、海野弘はつぎのように書く。『甃路スナップ』の「副題の『夜中から朝まで』はゲオルグ・カイザーの表現主義的戯曲『朝から夜まで』(1916年)を思わせるが、直接的には、1927年ごろにつくられたワルター・ルットマンのドキュメンタリー映画『ベルリンーー大都会交響楽』のイメージから影響を受けているようである」。具体的には、<スナップショット>という小型カメラや高感度フィルムなど20年代に発達したテクノロジーがもたらす手法を採用している点に海野はその影響を指摘する。たしかに、「工場。工場。工場。セメント工場。モスリン工場。……」あるいは「ベルト! フライング・ホイール。プリー。歯車。……」といった単語の羅列が喚起する脳内イメージと、ルットマンの『ベルリンーー大都会交響楽』の矢継ぎ早に繰り出されるイメージショットとをくらべると驚くほど似ている。日本でも昭和3(1928)年9月に公開されたこの作品を、龍膽寺雄が劇場で観ている可能性は高い。

 「モダーニズムというのは、思想的には簡単なもので、ともかく、新しいものはいいとして、一応肯定してとりあげる。その功罪の論評は、そのあとに来るものに委せてるという考えで、新しいものは一応肯定して何でも取りあげる」(『人生遊戯派』)と語る龍膽寺雄は、「都市」を描写する上でこういった新しい表現を自身の手段として採用すことについてもなんのためらいももたなかった。「夜中から朝まで」というサブタイトルにしても、よって、こうした創作態度のあらわれとみなすことができる。


[FULL] Berlin: Symphony of a Great City (Berlin: Die Sinfonie der Großstadt)

 

【大都会交響楽】

 <ジャズ>がそうであったように、この時期書かれた小説やエッセイなど文学作品を読んでいるとしばしば、都市の表現に<交響楽>ということばが用いられているのに出くわす。映画のタイトルだが、昭和2(1927)年に製作されたワルター・ルットマンの『ベルリンーー大都会交響楽』ももちろんそのひとつ。

 多彩な音色、複雑なリズム、絶えず変化するハーモニー…… 大編成のオーケストラが奏でる「交響曲」と、人間、機械、交通が織りなす「都会」との類比(アナロジー)。都市は、1920年代になるといよいよ猛スピードで変貌を遂げてゆく。こうした変貌する都市にみあった最良の表現を模索する作家や芸術家たちが見出したもの、それが<ジャズ>や<交響楽>とのアナロジーであった。ところで、はたして2000年代に生きるぼくらは「都市」を<ジャズ>や<交響楽>、あるいはそのような<なにか>に喩える感性を持ち合わせているだろうか? 1920年代に生きる彼らよりもずっと、ぼくらは「都市」に対して鈍感になっているのではないか? 驚きの眼をもって「都市」を<発見>したからこそ、彼らはそれを表現するために<ジャズ>や<交響楽>といった語句を探り当てたのである。ピエト・モンドリアンが「ブロードウェイ・ブギ・ウギ」を制作したのは、彼が1940年にニューヨークに移住し、彼個人の内面的な営みとして「都市」を<発見>したからにちがいない。

 都会と都会での生活をもっぱら描いた龍膽寺雄モダニズム文学もまた、ある種の人びとが都市を意識し発見したこの時代の<賜物>なのである。都市への意識があいまいになり、そこになんの驚きも見出せなくなってしまった現代の目でモダニズム文学を読むことは、だからあまり意味がない。そのかわり、いまなお都会を意識し、驚きの目をもって日々みつめている<マイノリティー>にとっては、まだまだその輝きは失せていない。だからぼくは、90年近くも前に書かれたものながら龍膽寺雄の描く都会生活が好きなのだ。

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ピエト・モンドリアン「ブロードウェイ・ブギ・ウギ」1942-1943年 油彩

 

 労働者。

 寝不足で、

 栄養不良で、

 油にまみれた労働者。

 搾取、階級的鬱悶、反抗、逃走、集団、組合、ストライキ、マルクシズム、プロレタリヤ××、共産党、細胞組織。

 『万国の労働者団結せよ!』

 木賃宿から、簡易宿泊所から、アパアトメントから、細民窟から、鉄管の中から、夜明けとともに氾濫し出す労働者の洪水。飯屋へ、工場へ、職業紹介所へ、橋梁工事場へ、建築場へ、河へ、街へ!

 

【東京の<周縁>〜龍膽寺雄と徳永直の場合】

 昭和5(1930)年の東京を描くにあたって、東京の<周縁>をどのように扱っているか、作家個人の思想を測るうえでそのことはひとつの「ものさし」になる。ここでは、「新興芸術派」の龍膽寺雄、そして印刷工場の植字工として働きながら小説を執筆した「プロレタリア派」の徳永直、このふたりが描写する東京の<周縁>を並べることでそこにどのようが差異が存在するか、みてみたいと思うのだ。

 まずは、徳永直が自身の体験をもとに印刷工場での労働争議の顛末を描いた昭和4(1929)年の作品『太陽のない街』から。

 

「世界各国の近代的都市が、凡て、そうであるように、東京市も、その近接した外郭を、殆んど工場地帯で囲(めぐ)らしていた。

 品川以南京浜の一帯、大島町を中心とする城東方面、月島埋立地の全体、北へ飛んで南北の両千住東に東南へ王子、十条だ ーー。

 そして、これ等の工場地帯は大資本集中作用のバロメータアの如く、劃然と、より増大された資本の圧力を以て、丘岡を平らにし、泥沼を埋め、河川を掘鑿(くっさく)し、道路を築いて、南西に、東南に、北東に砂丘を浸してゆくあげ潮のように、拡がり埋めてゆくのである。

 まず、土地の買収、在来権益の譲渡、地方特殊的残存制度の廃棄に始まって、ブルジョア政党の党略的妥協交合の活躍が絡む、こうした陰翳(いんえい)を、土地開発と産業立国の粉黛(ふんたい)のうちに塗り潰して、大資本は無人島に、君臨したドンキホーテのような尊大と、威厳とを以て、「その新たなる王国」を支配する。」

 

 ここで東京の<周縁>とは、東京市のおもに南西、東南、そして北東に位置する工業地帯を指しており、そこはいまや大資本が支配する「新たなる王国」と化している。徳永は言う。「外郭の工業地帯は大都市の肺臓である」

 

「ペーヴメントの舗道に影を落とす七層のビルヂング、富豪の大邸宅、流行を織り出す大デパート、国会議事堂の伽藍、大ホテルの舞踏場、劇場、ミュージックホール、大銀行の芸術的な建築 ーーそうした機能に作用する動脈の血は、すべてこの工業地帯の肺臓から送られた。赤皮のトランクにおさめられた血脈は、郊外電車の連絡外皮を被って、最も安全に且つ上品に、大都市の中枢に送られる…… 」

 

 ここにあるのは確然としたヒエラルキーである。「大都市の肺臓」としての<周縁>は、ただただ労働力も生産力も、生命力さえも、きらびやかな都市の<中枢>への捧げ物として搾取されつづけるのだ。徳永直にとってはきっと、工場のサイレンは労働者の叫び声に、煙突からの煙は彼らの苦しい吐息に感じられたことだろう。「ペーヴメント」が、ここではビルディングやデパート、ミュージックホールなどと同様、大都市の<中枢>を構成する都会的景観のひとつとして扱われている点にも注意したい。

 では、「新興芸術派」の龍膽寺雄はどうか。正気なところ、ここでの龍膽寺雄はいかにも紋切り型というか、それらしいイメージの羅列に終始しており精彩に欠いている。けれども、彼には『機関車に巣喰う』(昭和5(1930)年)という東京の<周縁>を舞台にした美しいファンタジー的小品があったではないか。

 

「江東の工場街は汽笛の交響楽であけがたを眼ざませる。露ばんだ空にはクリスマスの飾りのように幾つもまだ星が光っているのに、壮大な橙(だいだい)色が地球の片側から拡がって、運河の向こうの工場街はくッきりと明暗に彩られる。宏壮な工場建築、倉庫、埃ッぽいスレート屋根、煤けたコンクリートの壁、錆びた巨大なガスタンク、高い水槽、白い碍子をキラキラとさげた送電鉄塔

 煙突。

 煙突。

 煙突。

 白い湯気の塊がそこここから空間へ吹ッ切られて、地球はまさに階調ある汽笛の交響楽だ!」

 

 『機関車に巣喰う』は、かつて泥の運搬に用いられ、いまは放水路の堤防に打ち棄てられたままになっている錆びついた蒸気機関車に暮らす若いカップルの物語だ。郊外の工業地帯の荒んだ光景も、龍膽寺雄の手にかかればチャーミングな青春小説の舞台へと様変わりする。

 機関車のふたりは、夜明け前、寝間着のまま錆びた釜の頭に腰掛けて「何かしら胸を躍らして、地球のあけぼのの中に大都会の黎明のこの大交響楽を、からだじゅうで聴いている」。そして、肩に手を回し、頰と頰とをくっつけて、「何かしら明るい希望に心臓をはずまして、この大都会の黎明の中に新鮮な愛情を誓う」のだ。物語はつぎのように締めくくられる。

 

「彼女と頰ぺたを擦りつけたまんま、もう一度運河の向うの工場街へ眼をやると、おお! 今日は千住火力発電所の巨大な四本煙突が、ほのぼのと煙を吐いている。ーー」

 

 ほぼ同じときに同じ風景を見ていたというのに、徳永直と龍膽寺雄とがそれぞれ切り取る眺めはこうまでも違う。

 夜明けの工場街は、ここでは「何かしら明るい希望」を抱かせる美しい世界であり、「新鮮な愛情を誓う」にふさわしい舞台でもある。そして、工業地帯の造成に使われた機関車でさえ<愛の巣>に変えてしまう若いふたりは、文字どおり<マシン・エイジの落とし子>といえる。あるいは徳永直なら労働者の怒りの狼煙(のろし)のように描いたかもしれない「千住火力発電所」の通称「お化け煙突」の煙も、龍膽寺雄が描くふたりの目には「ほのぼのと」映るのだ。

 徳永直の描く<周縁>と龍膽寺雄の描いた<周縁>。そのどちらがより現実的か、という問いはここではあまり意味をなさない。プロレタリア的なまなざしからすれば、当然工業地帯は被支配的な空間ということになるだろうし、モダニズム的なまなざしからすると、未来的な工業地帯の景色はその無機的で殺伐とした印象ゆえ、かえって都会的な新しさを感じさせるものとなる。そして、それもまたモダン東京の一部ということで、龍膽寺雄の目に東京の<周縁>は銀座や新宿、浅草などとおなじように映っているにちがいないのである。

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東京瓦斯株式会社砂町製造所の瓦斯タンク。都市美協会編『復興の東京』にも掲載された復興建築のひとつ。

 

 電鉄で、省線で、バスで、市電で、郊外から集中するサラリイ・マン。大学生、中学生、女学生、小学生。 ーー

 東京の街々はまさに朝の満潮時です。

 ビルディングの窓々には一斉にスクリーンが払われ、甃路(ペエヴメント) の人間の洪水をおおかた吸込んで、エレベエタアの昇降がピストンの様です。

 商事会社。

 銀行。

 通信社。

 百貨店。

 保険会社。

 株式仲買店。

 交通運輸会社。

 事務室ではタイプライタアのジャズ、ペンの軋り、電話のベル、メエル・シュウトの呻(うな)り、日付のスタンプ。ーー

 

 街路では。

 トラック、サイドカア、オウトバイ、自転車、馬力、荷車、これらのものが一杯に甃路(ペエヴメント)に氾濫し、西へ東へ北へ南へ、パンを積み、野菜を積み、反物を積み、シャッポを積み、ガラスを積み、陶器を積み、石材を積み、土を積み。ーー

 米俵の馬力と汚穢桶の牛車とが擦れ違うと、何のことはない、これは、人間生活の縮図です。なぜッて、是(これ)じゃお米は私たちのお腹を通らないでも、ちゃんと行きつくとこへ行きついちゃってると云うもんじゃありませんか!

 南無阿弥陀仏

 お!

 空には軽金属の軍用飛行機。ーー

 工場町の煤煙に濁された空、鉄屑工事場の蒸気鉄槌(スチーム・ハンマア)、街頭に歯車を噛合わせるコンクリートミキサア。

 モダン東京は今や生活の渦です。 <了>           

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3層からなる高架式の秋葉原駅(昭和7(1932)年ごろ)

 

【甃路(ペエヴメント)の正体】

 舞台は都市の周縁から中心へ、夜明けの工場街から朝の市内へと移り変わる。

 モダン都市の朝は、ともかくすべてがせわしなく動いている。夜、モダンガールやモダンボーイの独壇場であった甃路(ペーヴメント)も、いまや学校や仕事場へ人間の群れを運ぶベルトコンベアと化す。もしここに<発見>めいたものがあるとすれば、それは、夜と昼とで「甃路(ペーヴメント)」はまったく異なる顔をもつということだろう。朝の甃路(ペーヴメント)は、人間の往来、乗り物の往来、そしてモノの往来であり、そこはつまり「人間生活の縮図」である。

 散文詩? スケッチ? 断章(フラグメント)……? どう呼んだらよいのかよくわからないが、昭和5(1930)年のモダン都市東京を描出しようとかんがえた龍膽寺雄がそのとき選んだ<主役>は<甃路(ペエヴメント)>であった。昭和初期、関東大震災の復興事業とともに東京のあちらこちらに姿を見せた堅固で美しい敷石の舗道こそは、そこに暮らす人びとに東京の<都市化>を鮮明に印象づけた。ただじっと見つめてさえいれば、そこにはさまざまな風俗、テクノロジー、思想や文化が次から次へと現れては消えてゆくのだった。

 昼間にはひとやモノ、乗り物がせわしなく行き交い、夜になればアメリカの映画から抜け出てきたようなモガやモボが闊歩する<甃路(ペエヴメント)>とは、千変万化する都市の表情をありのままに映し出す<鏡>であり、さまざまな音や色、匂いを最新式のコントラストで織り込んだモダン都市の<表象>そのものである。

 

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高円寺の自宅でくつろぐ龍膽寺雄

 

 これで龍膽寺雄『甃路(ペエヴメント)スナップ』はすべて読み終えた。次回12回目で総論的なことを少し書き、それでこのシリーズは完結としたい。